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  • 野村将揮

M.ブーバー『我と汝・対話』(岩波文庫)/『孤独と愛』(創文社)

最終更新: 2018年10月31日

岩波の『我と汝・対話』(植田重雄訳)よりも、創文社の『孤独と愛』(野口啓祐訳)の方がよほど読みやすく感じた、というか、 後者のほうが明らかに存在論哲学を踏まえた上での訳出をしていることが手に取るように分かる。振り返るにこの数年間はなんだかんだよく学問を齧ろうとしたものである。ディレッタントもどきにしかなれなかったけれど。

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わたしは、<なんじ>となるひとの髪の毛、話し方、あるいは、性質の良さだけを取り出して考えることが出来る。いや、いつもそうして考えざるを得ない。しかし、そのたびごとに、わたしはそのひとを<なんじ>でないものにしてしまうのである。

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わたしはあるとき、ある場所で、<なんじ>となるひとと出会うのではない。なるほど。わたしはそのひとを、一定の時間と空間のなかに固定させることができよう。いや、いつもわたしはそうせざるを得ない。しかし、その場合、わたしが固定させるのは、<かれ><かの女>ーつまり<それ>であって、もはやわたしにとっての<なんじ>ではないのである。

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全ての真実なる生とは、まさに出会いである。

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真の存在は、現在のうちにのみ生きる。これに反して、対象は過去にしか生きない。

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最後のは特に響いた。対象は過去にしか生きない。

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