検索
  • 野村将揮

無題

最終更新: 2018年10月31日

とてもよい仕方でよい助言を与えてくれる人が幾名かおり、本当にありがたいと思う。振り返るにつけて、こういった人たちの一言一言に支えられて今の人生があるのだと感じる(と感じるにも、現状とそこに至る過程を相当程度肯定できているという幸運があることは間違いない。)。


関係性は交わしてきた意思疎通のスタイルに依拠する。内容、つまり論理的であるとか核心的であるとかいうことは、その実は代替可能なことが多いのだと思う。その伝達や共有の仕方こそが肝要なのであって、そこにこそ(今日日における)人間の成熟という問題があるのだろう。この点を機械の類に完全に依存できるほど、人間は出来がよくないのではないか。


何かを受容するにもバイアスをかなり掛けてしまうということに留意する必要がある。自分が判断や意思決定の主体である際のバイアスは比較的頻繁に言及されるが、実は、本を読むにも映画を観るにも人と話すにも、ひいては天気に何かを感じるにも食欲を認識するにも、準備されたバイアスが適用されているのだろう。Xというものに触れたときに、普段抱いているAという文脈や仮説に回収してA'に収斂させる、といったことが日常的に(そして極めて自然に)発生しているということについて、どこまで「客観的」になれるかという話なのだが、難しいのは、どの程度までそうありたいと思うのか(そしてその心境や心性そのものが上記のAであってXではなく、A'ひいてはA"といった風に強化され続ける心理構造にあること)をどう取り扱うかという話はある。


落語すげぇ。。

34回の閲覧

最新記事

すべて表示

忘れ得ぬものの所在

ふと、親代わりだった祖父のことを思い出したので、少し書き残しておきたい。 一ヶ月が経過した。世に言うキャリア官僚を辞して設立一年にも満たないベンチャーの役員になった。官舎を出る必要があったため住む場所も変えた。金銭を受け取りながら人前で自分の名前を出しながら意見を表明することにも多少は慣れてきた。 自然、日常を織り成す人間関係に、小さくない変化があった。節目にかこつけて旧交を温めてくれた師や友人も

経済産業省退職にあたって

今日付で経済産業省を退職した。入省に至った経過と今日感じたことを書き記したい。いつかの自分のために。 中学時代は剣道に、高校時代は東大受験に、文字通り全身全霊で打ち込んだ。田舎の片親家庭だったが、今思えば、そのような機会・環境が与えられていたことは幸福以外の何物でもなかった。 1度目の東大受験に失敗して、単願だったため、浪人することになった。現役時代の蓄積があったので、数年ぶりに「受験対策」以外の

無題

結局のところ、ストレスは予測不可能性から来る部分が大きい。なんとなくの見立てで大丈夫そうだったり、個別に見れば大した負荷でなかったりしても、未経験かつ予測不可能な事柄で公私を埋めると行き詰まる。これはいい教訓になった。厳しく見ると、方々に於いて過信があったのだろう。 やはり「うまく進んでいる」と実感できる事柄を主軸に置いて日常生活を設計するに限る。拠り所があれば、多少の振れ幅があってもそれが一時的