検索
  • 野村将揮

無題

最終更新: 2018年10月31日

小学6年生と、乙武洋匡『五体不満足』について一時間ほど話をした。読書感想文の課題図書として、家の書棚にあったものを手に取ったらしい。まだ助詞の使い方も的を得ず、主語や述語が不在の言葉を吐いてしまうような時分に、平等とは、正義とは、生きることとは何かを懸命に考えているさまは、形容しがたい仕方で、つまり今までに感じたことの無いものとして、こちら側の心を揺さぶった。素直さや誠実さといったもの類のものは、あくまで、他人から教わりそして受け継いでいくものなのだろうとは常々感じていたが、自分が微塵ほどであってもそれに貢献できたなら、いま顔の浮かぶ人への報恩もできているのかもしれないし、そういった系譜、線でも面でもなく流れを伴ったものの内に身を置けるというのは、本当に幸福なことだと思う。

幾分も歪だが、自分を寄って支える精神的支柱の多さと強靭さに、本当に嬉しくなった。それは中学時代に聴き込んだサザンの曲かもしれないし、18歳のときに読んだ高見順の手記の一節かもしれない。数年を賭して考え続けてきた存在を揺るがすような問いの答のようなものかもしれないし、ふと眠る前に浮かぶ表情かもしれない。そういうものがこれからも増えていったらよいと思うし、自覚されないほどに消化され血肉になるまで、大切に持っておきたい。

8回の閲覧

最新記事

すべて表示

忘れ得ぬものの所在

ふと、親代わりだった祖父のことを思い出したので、少し書き残しておきたい。 一ヶ月が経過した。世に言うキャリア官僚を辞して設立一年にも満たないベンチャーの役員になった。官舎を出る必要があったため住む場所も変えた。金銭を受け取りながら人前で自分の名前を出しながら意見を表明することにも多少は慣れてきた。 自然、日常を織り成す人間関係に、小さくない変化があった。節目にかこつけて旧交を温めてくれた師や友人も

経済産業省退職にあたって

今日付で経済産業省を退職した。入省に至った経過と今日感じたことを書き記したい。いつかの自分のために。 中学時代は剣道に、高校時代は東大受験に、文字通り全身全霊で打ち込んだ。田舎の片親家庭だったが、今思えば、そのような機会・環境が与えられていたことは幸福以外の何物でもなかった。 1度目の東大受験に失敗して、単願だったため、浪人することになった。現役時代の蓄積があったので、数年ぶりに「受験対策」以外の

無題

結局のところ、ストレスは予測不可能性から来る部分が大きい。なんとなくの見立てで大丈夫そうだったり、個別に見れば大した負荷でなかったりしても、未経験かつ予測不可能な事柄で公私を埋めると行き詰まる。これはいい教訓になった。厳しく見ると、方々に於いて過信があったのだろう。 やはり「うまく進んでいる」と実感できる事柄を主軸に置いて日常生活を設計するに限る。拠り所があれば、多少の振れ幅があってもそれが一時的