最強キャリア」の先に

追い求めるもの③

京極淳(31):智弁和歌山高校在学中の東大受験生向け全国模試で1位、センター本試験文系全国1位(得点率97.6%、予備校調査)を経て東京大学文科一類に入学。在学中に米国ハーバード大学との学際交流プログラムHCAPの東京大学支部を創設し、1期代表に(当該団体のAlumni組織はのちに東大総長賞を受賞)。同法学部卒業後、新卒でマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社、現在は外資系投資ファンドにてヴァイス・プレジデントを務める。

京極:同級生が立ち上げたベンチャーを手伝っていました。ただ、当然ながらそれまでビジネスの経験なんて全く無くて、何もかもが手探りでした。当時はベンチャー起業のコミュニティも今ほど活発ではなく、ふとした疑問に答えてくれる先輩や仲間を気軽に探せるような環境ではありませんでした。誰をどう頼ればいいのかも分からないまま何かに奔走していた感じです。

いまは投資家という立場になりましたが、ここ数年で社会がベンチャー企業を見る目も大きく変わってきていると感じています。優秀な人がどんどんスタートアップに移っていますし、ベンチャーとの協働を強く望む大企業も増えてきています。

 

野村:間接的にお褒めに預かり光栄です。大学時代で他に印象に残っている出来事はおありですか?

 

京極:「お前ら、世界を変えるとか言っておいて現場を全然知らないだろ」という友人に連れられて、フィリピンのスラム、本当に路上のゴミを拾って生活している人たちのところでホームステイしました。正直、そのときも僕は「自分はこういうところでパブリックなことをするタイプの人間ではないんだろうな」と感じました。

 

野村:自身の中のパブリックマインドが無いわけではない、という人も大勢いるであろう中、むしろ、そのゼロではない程度のパブリックマインドが小さく何かにつながっていく社会設計が重要だと思います。

やはり、京極さんはそういった見極めや選択が超合理的かつ迅速なのだと感じます。だから、変な失敗もしないし、万一失敗しても後悔しない。

 

京極:僕は日本社会の非合理的なところはあまり好きではないので避けてきたきらいがあり、役所で5年弱も働いた野村君を本当に尊敬します(笑)。

あくまで例示ですが、民主主義のゴールを突き詰めて考えると、たとえば1票の重みを残りの想定寿命に比例させるという議論もあり得るのではないかと思います。残りの人生が50年と想定される人と10年と想定される人がいるとして、両者の1票の重みが全く同等ということを肯定し切れるのかという問いです。

 

野村:仰らんとせんことは分かります。他方、敢えて頭の体操としてこういう「そもそも論」的な議論を始めると、すぐに「選民思想だ」と的外れな批判がきがちなのが辛いところです。明日からそうすべきだと言っているわけでも、そう考えない人を否定しているわけでもなく、あくまで比較対象としても用いることができるという思考訓練としての問題提起でしかないのに。

 

京極:これがもし「年収に基づいて1票の重みを変える」という議論なら選民思想だという批判も通用するだろうと思いますが、残り寿命は意味合いが全然違います。こういった区分がなされないままゴールを実現する方策の議論が進まないというのは、誰にとっても不幸なことだと感じます。

と言いつつも、コンサルティングファームではロジカルであることが絶対的に求められましたが、いま身を置いている投資の世界は非論理的なところにもたくさんのレバーがあります。ロジックは前提として必要ですが、最後はいわばアートの世界。ロジックの世界だけで生きていく限界を感じ始めました。最近趣味を増やしているのにもその影響があります。

 

野村:釣りもそういう観点からなのですね。

京極:究極的には、サバイバル力を身に付けたいとずっと思ってきました。体力作りで始めたマラソンもサブフォー(フルマラソンを4時間以内で完走)を達成し、釣りも慣れてきました。そろそろ狩猟も始めたいなあと。

 

野村:徐々に難易度が上がってますね。次はクラブマガ(イスラエル式実践格闘術)でしょうか(笑)。僕もNさん(2人の共通の知人)から話を聞いて、ずっとやりたいと思っていて。

 

京極:やろうやろう(笑)。実際、「世界で勝負する」「社会を変える」といったことを本気で口にする以上は、リスクファクターは徹底的にゼロに近づけていくべきだと思います。

 

野村:よく分かります。恐れが無くなっていくことで、変に予防線を張ったりリスクヘッジしたりといったことが不要になります。これはパフォーマンスの向上というか、集中の純度向上に直結します。

話が大分戻ってしまいますが、京極さんを以てして、マッキンゼーで得られた成長とは、どういったものだったのでしょうか?