「最強キャリア」の先に

追い求めるもの①

京極淳(31):智弁和歌山高校在学中の東大受験生向け全国模試で1位、センター本試験文系全国1位(得点率97.6%、予備校調査)を経て東京大学文科一類に入学。在学中に米国ハーバード大学との学際交流プログラムHCAPの東京大学支部を創設し、1期代表に(当該団体のAlumni組織はのちに東大総長賞を受賞)。同法学部卒業後、新卒でマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社、現在は外資系投資ファンドにてヴァイス・プレジデントを務める。

野村:東大受験生向けの模試で全国1位にセンター本試験全国1位、東大法学部を経て、外資コンサルティングファームの雄たるマッキンゼー、そして現職の外資系投資ファンド、と僕の友人知人の中でも別格の経歴をお持ちの京極さんですが、これほどになると、やはり幼少期のころから「自分はなにか違う」といった感覚をお持ちだったのでしょうか?不躾に恐れ入ります。

 

京極:自分でお話しするのはさすがに恥ずかしいですね(笑)。親からは、3歳で時計の計算が出来たといったエピソードをいくつ聞かされたことはありますが、僕の出身地の岸和田は、あまり教育に熱心な地域ではなく、当時は小学生がランドセルを背負いながらタバコを吸って歩いていたぐらいです(笑)。

 

野村:本当ですか?(笑)

 

京極:むしろランドセルを背負っていたというのが嘘かもしれないぐらい(笑)。

実際、漢字や算数は苦手だけど野球がとんでもなく上手い、みたいな友人たちに囲まれながら過ごしました。僕自身は、スポーツは多少得意な程度、図工と音楽は全然ダメといった感じだったのですが、小学校のテストではほぼ満点で、中学受験を経て智弁和歌山中学に進みました。中学校入学後も小学校の同級生から「隣の中学と抗争があって頭数が足りないから来てくれ」と言われたり。もちろん行きませんでしたが(笑)

 

野村:僕も富山の海沿いの田舎町で育ったのでイメージがつきます。ご家庭の環境で特筆すべき事柄はおありでしたか?

 

京極:父親がとても厳格で、子供だからといって甘やかされたことが全くなかったですね。5歳のときに奈良の山辺の道を20km以上、僕がどれだけ嫌だと言っても最後まで歩かされたことは鮮明に覚えています。一方、基本的には放任主義で、勉強を含めて何かをやれと言われたこともなければ、やりたいことを止められたこともありませんでした。

 

野村:ご家庭では何をして過ごされていたのですか?

 

京極:ひたすらテレビゲームに没頭していました。ファイナルファンタジーやドラゴンクエスト。ドラクエは6をひたすらやり込みました。

 

野村:幻の大地!僕も何百時間とやり込みました。全部はぐれメタルにする、みたいな。

 

京極:あとはパワプロ。人生を1000時間単位で費やしました。僕の家は「やるべきことをやっていればいい」という考え方が根底にあったので、ゲームをどれだけやっても文句を言われないように勉強する、いわば免罪符的な側面があったように思います。

 

野村:体感ですが、知的好奇心や論理的思考力が醸成されるのは小学生までの過ごし方の影響が大きいように思います。僕の場合は、「カエル」とか「セミ」とか、母や祖父がなんでも教えてくれたと記憶しています。京極さんにはそういった実感はおありですか?

 

京極:父の仕事が深夜に及ぶことが多かったため、思い出が多いわけではないのですが、たとえば、電車の切符に印字されている4つの番号を加減乗除して10を作れというのを2秒でやっていました。あとは、テレビの側の時計に目がいくと自然と因数分解していたり。

 

野村:そんな人、聞いたことがありません(笑)。

話が飛躍しますが、幾何(図形問題)と代数(数式問題)で、僕も後者が好きでした。ルールがあって、それを適用するポイントが明瞭で、手筈を踏めば明確な答が示し出される、みたいな。

 

京極:まさに。見た瞬間に「こうすればいい」と頭の中で筋道が立って、それに没頭できるのは快感でした。

 

野村:高校はどういった雰囲気でしたか?

 

京極:言葉を選ばず言えば、受験少年院のような感じでした(笑)。ただ、勉強で結果さえ出せていれば許容される部分も多かったです。もちろん、こちらの疑問に真摯に答えてくれる先生の授業は真面目に聞いていました。

 

野村:最近色々な人が話題に出していますが、日本の学校の授業って、本当不思議です。学校生活や行事などで社会性を養うという側面は否定しませんが、30人以上の若者を一つの空間に座らせて、同じ内容を同じ言葉と同じペースでインプットさせる。利点が皆無な印象です。

 

京極:同感です。好奇心も、その対象も、学力も、各個人で全く異なります。そういう意味では、家庭でも中高でも勉強をした成果が免罪符として機能する環境だったのは、性に合っていたのかもしれません。また、別の視点で見ると、結果が出るからそこに注力した、というのはあると思います。少なくとも、結果が出せなさそうな世界では、まず勝負しない。

 

野村:よくわかります。そして、京極さんはその見極めと集中がとんでもなく早く正確なのだと思います。

 

京極:野村君も普段からそうしているのだと思いますが、勝負のルールを理解した上で、自分とのフィット感を判断する。その先は、ひたすらPDCAサイクルを回していくのみです。やはり自分の注力分野を間違えないというのは大原則として重要だと思います。そして、受験勉強はルールが分かりやすい世界ではありました。

 

野村:受験の世界で「圧勝」され始めたのはいつ頃からですか?