元官僚医師が見据える
社会の幸福と医療の未来②

木下翔太郎(29):

千葉大学医学部在学中にNRI学生小論文コンテスト優秀賞、中曽根康弘賞論文募集最優秀賞、千葉大学学長表彰を受賞。また、在学中に医師国家試験と国家公務員採用総合職試験(院卒/行政)に合格し、卒業後は内閣府に事務官として奉職。沖縄振興、高齢社会対策、少子化対策等に従事したのち退職し、2017年より医師。国際医療福祉大学大学院医学専攻博士課程在籍中。弓道参段。

木下:そうですね。いま読むと内容が稚拙で恥ずかしいのですが(笑)。

まずはテーマを決めた上で、関連する基本書を読む。そうすると自分の中で疑問やこうすればいいんじゃないかという考えが浮かんできます。その理屈を付けられるようさらに調べていく、といったことの繰り返しでした。父方の祖父にあたる人が宮内庁などに勤めていた歴史学の研究者で、国会図書館を使った文献の調べ方などを教わりました。

 

野村:論文ではどういったテーマを扱われたのですか?

 

木下:たとえば中曽根記念論文募集では、法医学の観点から死因を特定する医師が不足しているという課題の分析と採り得る方策について論じました。当時僕がお世話になっていた千葉大の先生がこういった分野の専門家で、いまは東大の教授になられたのですが、警察庁のキャリア官僚や元厚労大臣秘書官を呼んで話を聞かせてくれるなど、医学部の教員としてはかなり珍しい方でした。他の同級生は全然興味が無さそうだったのですが、僕にはとても興味深く感じられて。行政との接点ってこういうところにあるのか、医療の視点からどうアプローチできるのか、といったことを考えるようになりました。

 

野村:論文執筆やそういった講義を経て、官僚を目指すことになったのですね。国家公務員試験は大変でしたか?合格順位もよかったと記憶しています。

 

木下:楽しかったです。自分の関心がそちらに向いていましたし、たとえば行政法や経済学は触れたこともなかったので新鮮でした。順位は、院卒行政区分で11番(上位1割程度)でした。

 

野村:医学部なのに(笑)。官庁訪問(国家公務員試験合格者が各官庁に面接に訪問する選考過程。実際に各省庁に内定するのは試験合格者のうち2割〜3割程度。)はどこを回りましたか?医療というと厚労省のイメージですが。

 

木下:厚生労働省は医師であれば国家公務員試験を受けずとも医系技官として奉職できるのであまり考えておらず、関心が少子高齢化にあったので、内閣府を受けました。内閣府は複数の特命担当大臣が置かれており、総理官邸も近いので、政治の中枢でどのように意思決定がなされているか学べるかなと思っていました。実際、その考えは間違っていなかったと思います。

 

野村:内閣府内定後に医師国家試験にも合格した。すごいですね(笑)。

そして4月に入省、僕たちは5月の人事院研修(各省庁の新職員が150名程度に分けられ、研修所で約1か月間の宿泊研修に従事)に出会って意気投合しました。

 

木下:のむちんや厚労省のN君との出会いは衝撃でした。これはすごい奴らがいるな、と(笑)。

 

野村:いやいや(笑)。研修で一緒だった外務省(当時)の東君は全国で最年少の市長(四條畷市)に、ほかにもH事務官は英国留学を経てニューヨークの国連本部に出向中だったはず。官僚は省庁の壁を超えて同期意識がすごく強いですが、やはり誇らしいですね。

研修の話はさておき、最初の配属先について教えてください。

 

木下:最初は沖縄関連の部署に配属となりました。内閣府の特命担当大臣(沖縄)の官房(直下部隊)機能を有した部署で、政治を取り巻く動きも含めてすごくいい経験でした。自治体と国家との役割分担についても勉強になりました。

 

野村:これは沖縄の話ではない一般論なのですが、自治体の存在意義ってすごく大きいんですよね。国のお金や規制緩和といった施策を使うにあたって、実際の課題や人間関係を知っていて動かせるのは、国ではなく自治体の担当者です。アイデアも実行力も、突き詰めると自治体数名の担当者に左右されるところが実はかなり大きい。

たとえば自治体の裁量強化、ひいては税源移譲みたいな話もあるわけですが、地方都市から東京に出てきて住み着く、いわゆる頭脳流出が続くと、こういった議論も進んでいかない。地方創生は大いに結構なのですが、お金を出しても、その活用のための企画力と運用力が具体においてものすごく核心的です。

 

木下:そのとおりだと思います。入省以前はいわゆるエリートの集合体である国が全てを決めているのだと思っていましたが、分野によっては全然真逆の場合もあるのだなと。国側が規制緩和で枠を外したとしても、自治体側に余力やインセンティブがなかったら国が思うように動いてくれないこともあります。

 

野村:国家行政に何を期待するのかということをきちんと考えていかなければいけないのと同時に、表裏一体として、地方行政に何を期待するのかも突き詰めていく必要があると感じています。

地方創生の文脈で言えば、5Gネットワークが社会実装されれば動画や音声の送受信の速度・質が飛躍的に向上するはずなので、会議の類も基本的に遠隔になっていくはずなんですよね。そうなると、おそらく住む場所をどうするかっていう問が新たに立ち上がってくる。沖縄は本当に人がどんどん移住していくでしょう。僕も移りたいです。座間味村、本当大好きで。

次の部署にはいつ頃移動されたのですか?

 

木下:沖縄関連の仕事に1年ほど携わったのち、大臣官房人事課で採用や人事評価の他、一組織としての働き方改革にも関わりました。国会対応など他律的な業務が多いので、なかなか個人や組織の改善できる部分が少なく、もどかしかったのを覚えています。当時は当たり前と思っていた部分もありましたが、外に出てみると官僚の長時間勤務は本当に異常だと思います。

 

野村:今振り返えると信じられないのですが、僕も午前3時に家に着いたら「今日は早かったな」って思ってました(笑)。二十代前半という体力がある時期で、やり甲斐にも溢れていたので当時は乗り切れましたが、いま同じことをやれと言われれば1週間持たない気がします(笑)。とはいえ、ここ数年で労働環境、労働に関する考え方もいい意味で変わってきているように感じます。

木下:自分も3年目に、希望していた少子高齢化関連部署に異動することができたのですが、月あたりの残業時間・休日出勤が二百時間近い状態が半年位続く中で、性格や人生観がかなり変わった気がします(笑)。

経産省のような幅の広い大きな組織であれば、海外への出向や留学を含めて人事に緩急を付けることもできるのだと思いますが、規模の小さい組織だとそういう余裕が少なく、できる人に仕事が集中しがちな部分があるかもしれません。

 

野村:その一方で、身に付いていく専門性や知見も特殊ですよね。法律を書くとか行政制裁を打つとか、マクロな社会像を描いて文言に落とすとか、そういった技能はさすがに民間市場の具体的な企業では活用されにくいというか、どう活用してもらえるか提示しにくい面もあります。だからこそ、官民交流、つまり民間企業への出向やその逆もどんどん増やしていくといいというのが実感値です。

ちなみに経産省は本当に懐が広い組織で、退職の挨拶に回った際、多くの方が「いつでも戻ってこい」「また一緒に仕事しよう」と言ってくださいました。もちろん、定められた中途採用過程を経て、ということですが、皆さん本気でそう思ってくれている。父親のように敬愛するボスなんか、「数年、外の組織を見てくるのも勉強になるだろう」って(笑)。

話が逸れましたが、少子高齢化関連の部署はどうでしたか?

 

木下:やはり大きな課題だからこそ、調整も相当に難航しました。たとえば、待機児童問題。まさに「保育園落ちた日本死ね」というブログに書かれているような事態が発生している中、多くの人が保育園や児童館のような箱物(建造物)を作ってほしいと要望するわけですが、人口動態から考えると、作った箱物が稼働し続けることはあり得ず、負債になっていく一方なので査定官庁がなかなか首を縦に振らない。一方で、そもそも少子化そのものを止めるというど真ん中の施策が考案されていない。もちろん政治的にすごく難しいのですが。

 

野村:ちなみに、少子化が進行している理由って何だと思いますか?