映画界のテスラと呼ばれる
起業家・科学者・芸術家​②

木ノ内輝(30):

米国のリベラルアーツカレッジWashington and Lee Universityを芸術・生命科学の両専攻で卒業後、ハーバード大・タフツ大の医学大学院で研究助手として研究活動に従事。ハーバード大学研究室在籍中にプロデューサーを務めた作品でボストン国際映画祭にて最優秀撮影賞を受賞。以降、映画制作・配給会社Tokyo New Cinema代表取締役として作品の制作総指揮を担い、東京国際映画祭2年連続入選、モスクワ国際映画祭国際批評家連盟賞・ロシア映画批評家連盟特別表彰のダブル受賞。

木ノ内:中学生に入るタイミングで、医者で研究者の両親の都合でボストンに渡り、2年半ほど現地校に通い始めました。中学3年に半年くらいは北海道で過ごしたのですが、制服や体操着といったよく分からない規則があり、人の枠組みも拘束的だという印象を受けました(笑)それで、意外と性に合っていたのだと気づいて高校もアメリカにしました。

とは言え、いまは起業して自由にやっているように見えるかもしれませんが、ビジネスではクライアント企業に合わせていく必要があるので、アメリカにいた当時よりもこの点はかなりできているかと。一方で、日本社会は争いごとがすごく少ないと感じもします。アメリカは議論が多いのですが、日本は事前にトラブルを避けようとして事後的に複雑化することも多く、効率が悪いようにも感じます。

 

野村:面白いお話です。各個人が違うということをあまり前提していないからこそ、逆説的ですが、お互いがぶつかるのを避けたがるんですよね。ぶつかったら法律とかルールに則って解決しようというか、それも含めてaccept(受容)しようとか、そういったカルチャーが育まれていないのだと感じます。

将来的に自分でオーナーシップを発揮していくんだろうな、というのが見えた時期はおありですか?たとえば僕だと、学級委員とか生徒会長とかやっていたこともあって、自分はいつか政治家になるのだろうと漠然と感じていました。ユニークネスという文脈でもいいのですが。

 

木ノ内:より哲学的な話になるのですが、私は未来というものは無いと思っているんですね。継続している現在というものがずっと続いているだけなのであって、いまを一番よく生きるということだけが未来をつくるのではないか。

 

野村:日本の就活は、企業向けにフィクションを作るんです。自分の原体験がここにあって、強みや弱みはここで、といった風にライフストーリーを立てて語る。本当に純度が高ければいいんですけど、フィクションにしがみつくのだと、結局いつかは倒れちゃうだろうなとも思っています。
 

木ノ内:就活は聞いた話によると、すごく官僚的だという印象です。官僚社会も官僚社会の方針があるわけで、それ自体が悪いことではないのですが、今はすごいスピードで社会が変わっている中で、単一的な考え方で行動していると、足を取られてしまうのではないかなと。

 

野村:映画の配給含めて自分でサプライチェーンを作ってやろうとする人はなかなかいませんよね(笑)。ブレインストーミングで出てくるビジネスモデルじゃない。

 

木ノ内:基本、人間ってやればできると思うんですね。通貨も最終的にはいまのような複雑なシステムができていますが、映画のシステムもいつの間にかできていたようなものでしかなくて。農業では農家の皆さんが野菜を作って売っていますよね。映画も、映画を作って提供するということだけであって、何も難しい話ではないと思います。やれないという先入観があるだけだろうと。

失敗は付き物ですが、いかにその失敗のリスクとコストを下げていくかが重要です。私が初めてプロデューサーとして手掛けた『Plastic Love Story』という作品では、初日の観客数は2人だけでした。でも初めての挑戦なのだから、これは当たり前の話であって。そこで諦めずに踏ん張れるか。最終的には赤字は出さずに終えましたが。

このままではいけない、と思って、クラウドファンディングを始めてみるも、こちらもお金が集まらず失敗。しかしながら、再度の挑戦となった二度目のクラウドファンディングでは、目標金額以上を集めることができました。時間が少しかかるかもしれませんが、誰かに大きな迷惑をかけないのであれば、いくら失敗してもいい。