映画界のテスラと呼ばれる
起業家・科学者・芸術家​

木ノ内輝(30):

米国のリベラルアーツカレッジWashington and Lee Universityを芸術・生命科学の両専攻で卒業後、ハーバード大・タフツ大の医学大学院で研究助手として研究活動に従事。ハーバード大学研究室在籍中にプロデューサーを務めた作品でボストン国際映画祭にて最優秀撮影賞を受賞。以降、映画制作・配給会社Tokyo New Cinema代表取締役として作品の制作総指揮を担い、東京国際映画祭2年連続入選、モスクワ国際映画祭国際批評家連盟賞・ロシア映画批評家連盟特別表彰のダブル受賞。

野村:素晴らしいですね。そこでプライドゆえに途中でやめてしまう人も多いのでしょう。まさにアントレプレナーシップという言葉の意味を考えさせられます。

高校や大学で変わったこと、成長したことを教えてください。リベラルアーツカレッジでの学問がどういったものか、実はあまり鮮明にイメージできていません。

 

木ノ内:日本だと東京大学の前期課程がリベラルアーツに分類されますよね。必修科目が専門分野以外のところでも組み込まれていて。私の大学の場合、宗教学や哲学、水泳だとか、数学といった幅広い学問分野を学びました。それこそ、ソクラテスやプラトン、アリストテレスなどを体系的に学ばせてもらったのは、いまの自分に繋がっているのかと思います。

アートとサイエンスの両方を学べたのは、リベラルアーツカレッジに通う学生の中でも幸運だったのではないかなと思います。野村さんもご理解のとおり、ビジネスを始めるときって、何でも全てやらないといけない。ちょっとしたチラシのデザインから、財務の計算、製作スキームの構築、弁護士との契約書レビューだったり。日本語と英語の双方で、これらを高いレベルで担えるようになったのは本当によかったです。

 

野村:学位も2つ取られたのでしょうか?

 

木ノ内:5年間で2つ取得し、その後、研究助手としてハーバード大学の医学部に所属します。もともと2年生からサマーインターンとして研究費をもらいながら働いていたご縁もあり、眼の網膜神経と耳の蝸牛神経の再生に関する研究に従事していました。両親がともに医者だったこともあって、漠然と医学の研究をしたいという想いがあり、実際に研究も楽しかったですね。今も青山学院大学で教壇に立っていますが、研究は肌に合っていたのかなとも思います。

しかしながら、徐々に本当にずっと続けたいかどうかが分からなくなっていきます。そういう意味では、美術も専攻していたのは本当によかった。お陰で20代を映画業界で起業するという経験に充てられました。

 

野村:研究内容についてもう少し詳しく教えてください。

 

木ノ内:蝸牛神経も網膜神経も、一度傷付いたら自然には治りません。でも、これは成体哺乳類の特徴で、魚や鳥の場合は治る。我々人類は、この治癒能力を進化の過程で失った。私の研究目的は、このプロセスを追求することでした。実際、実験上は人類の蝸牛神経も網膜神経も修復できるのです。しかしながら、どの細胞がどのタンパク質を発現させているのかを見ようにも、細胞は透明なので目視できない。そこで、タンパク質に着色してそれを調べていました。私のアートのバックグラウンドがボストンで重宝された理由も、論文を読めて、実際のテクニックを有している人は、ほんの一握りだからでした。

映画業界の話をすると、芸術ができて数字も読めて、英語と日本語の双方でコミュニケーションができる人はほとんどおりません。だからこそ、我々が国際的に結果を出すことができているのではないかなと思います。別に私個人が優れていたという話ではなくて。

 

野村:研究はどのぐらいの期間従事されたのですか?