映画界のテスラと呼ばれる
起業家・科学者・芸術家​④

木ノ内輝(30):

米国のリベラルアーツカレッジWashington and Lee Universityを芸術・生命科学の両専攻で卒業後、ハーバード大・タフツ大の医学大学院で研究助手として研究活動に従事。ハーバード大学研究室在籍中にプロデューサーを務めた作品でボストン国際映画祭にて最優秀撮影賞を受賞。以降、映画制作・配給会社Tokyo New Cinema代表取締役として作品の制作総指揮を担い、東京国際映画祭2年連続入選、モスクワ国際映画祭国際批評家連盟賞・ロシア映画批評家連盟特別表彰のダブル受賞。

木ノ内:2年強で、この期間に2本の論文を出せました。かなり肌に合っていて、夜遅くまで研究していても苦ではなかった。ただ、研究室にずっと籠っていたので、いま起業して思うのは、他の人と交流できるというのは本当にいいことだと。

研究に没頭できた2年間でそれなりに満足できていて、惰性的に続けたくないと感じ始めた頃、ボストンで伊藤穰一さん(マサチューセッツ工科大学メディアラボ所長)とお話する機会があって。伊藤さんから「僕もいっぱい失敗してきたんだ。インターネット創生期に100社にプロジェクトの相談に行ったら、99社に断られた。でも、やんなきゃいけないんだ。」と聞かされ、ベンチャースピリットとはこういうものかと感銘を受けます。

もともと、お金が貯まったらアートで生きていきたいと考えていたのですが、ふと、それって今からでいいのではないかと思い始めました。だって、結局アートがやりたいじゃないですか(笑)お金を貯める過程で20代、30代、40代を失うのは、すごく勿体無いなぁと。

とはいえ、監督をやりたいと思っていたわけではなく、現代の人に生きる勇気を与えるような映画を作りたいと思っていた。そんな中、大学の頃に出会った中川監督と一緒に『Calling』という作品がボストン国際映画祭で受賞した。評価されるまで何十年とかかることが一般的な映画業界ですが、若くてもいいものを作れると考え、研究室にいた頃の貯金を彼に渡して、「これでいいもの作ってみて」と。それで出来上がったのが先ほどお話しした『Plastic Love Story』でした。以降、東京国際映画祭やモスクワ映画祭で新作も上映でき、賞もいただけました。
 

野村:未来など無いというお考えの輝さんに聞いてしまいますが(笑)、ここで敢えて、今後の目標などあれば教えてください。また、輝さんの中にある「伝えたいもの」を、より具体の言葉に落とし込むと、どういったものでしょう?

 

木ノ内:カンヌをはじめとする多くの映画祭で上映し、多くの人に作品を知ってもらいたいと思います。そして、生きていく上で、自分の夢や大切にしていた人を失うことがあると思うのですが、前に進めるということを伝えていければと思っています。

 

野村:前提として、広い意味での世界や人間社会への信頼があるのだと感じます。これからに肯定的なんじゃないかなぁと。だからこそ、肯定できるはずだよ、というメッセージですよね。

 

木ノ内:そのとおりです。我々Tokyo New Cinemaが今まで取り組んできた作品の共通点としてもこの点があるのではないかなと思っています。
 

野村:本日はどうもありがとうございました。【了】冒頭に戻る